大学生のとき、学部の中をゼミのメンバと歩いていて、サークルの先輩とすれ違った。私は会釈した。彼も会釈した。
「何そのイヤそうな顔。嫌いな人なの?」
横にいた同級生が訊いて、私は嫌い、と答えた。
「だって、あの人、うちのサークルの飲み会で『こんな大学はバカばっかりで話にならない』とか言っちゃうんだよ。私ここ大好きなのに。むかつく。そんなに嫌なら出てけ。大喜びで送り出してやる」
教官が振り返って言った。
「当ててみせようか。そういうこと言うやつは、だいたい小学生のときに成績が良くて、有名どころの中学か高校を出てる。だからこんな大学に来るような身分じゃないと思ってる」
当たってますねえと私は答えた。
「ここの学生がアホだとは思わないけど、探せばアホもいるだろう。でも東大に行ったってアホはいる。どこの大学に行ったってアホがゼロということはない。少ないところと多いところがあるだけだ。大学入試っていうのはその程度のフィルタでしかない」
「あ、この場合のアホっていうのは自分よりあからさまに知的能力が劣っている、と思える相手のこと。そういうこと言うやつってだいたい自分が基準のピラミッド構造で他人を把握してるもんだからさ」
「で、凄い人もどこにでもいる。多いか少ないかはあるけど、探せばいる。もしかすると性格が悪かったり、能力のバランスがとれてなかったりして、そうは見えない人もいるかもしれない。でも、特定の部分で自分よりずっと頭の働きが優れている人は確実にいる」
「それなりの人数がある組織やコミュニティにいれば、自分よりどこかが知的に優れた相手が全然いないってことはほとんどない。だから自分の周りがアホばかりだというやつは現実が見えていない。もしくは」
「もしくはアホばかりだと思っていれば心が安らぐから、あえて誰の能力も理解しない。半ば故意に人を見下しやすい環境を選ぶことさえあるかもしれない」
「その状態から降りずにいると将来は自動的に不幸になる。自分でそれに気づいて不幸ルートから降りるやつが大半なんだから、そんなふうにあからさまに罵るもんじゃない。了見が狭い」
それから十年ばかり経って、いろんな人を見て、「そうかな、不幸ルートから降りない人だって、けっこういるんじゃないかな」と思う。私はいまだに了見が狭いので、当人の優越感のために、私の好きな人たちを含む周囲の人間をまとめてアホ扱いするような輩がいれば、口をきわめて陰口をたたく。
そうして、会社の誰それは凄く仕事ができるとか、うちのゼミの学生はできが良いとか、新しい取引先の人はとても頭が切れるんだとか、そういうことを嬉しそうに話す人たちと仲良くして、楽しく暮らしている。
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「旧式女子学生」/「おののい もこ」のイラスト [pixiv]](http://15.media.tumblr.com/tumblr_ktp670gV5e1qzkv2fo1_500.jpg)







